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東国文化の拠点として栄えた東吾妻町

岩櫃城跡

岩櫃城本丸址の写真です。 

岩櫃山(802メートル)の中腹に築城されたのが岩櫃城です。吾妻郡内における代表的な中世の城郭で、城主吾妻太郎の城として知られています。戦国時代は吾妻氏に代わって斎藤氏が数代にわたって居城しましたが、真田氏の手に落ちました。その後一国一城令によって廃城となりました。

パンフレットをダウンロードできます

岩櫃城跡(2MB)(PDF文書)
岩櫃山周辺ガイドマップ表(2MB)(PDF文書) 岩櫃山周辺ガイドマップ裏(2MB)(PDF文書)

原町の大ケヤキ

原町市街の東端にある。樹齢千年といわれ、江戸時代初期、この地に町を移転した際の町割りの基準になった。近年危険のため伐枝され、昔の面影は薄れてしまいました。 原町のおおケヤキの写真です。

神代杉(親子杉)

神代杉の写真です。 日本武尊のお手植えによるものと言い伝えられ、樹齢1400年といわれているが、天明の頃、火災にあって今は高さ6m、根本周り10m、厚さ45cmの枯木となっています。中の空洞に生えた杉は樹齢250年。別名親子杉とも呼ばれています。

仙人窟

入口の高さ約8メートル、深さ26メートルの洞窟で、夏でもひんやりする窟内に延宝6年(1678年)の石像の十八羅漢や聖観世音などが安置されています。

仙人窟の写真です。

大戸関所

大戸関所の写真です。 大戸は江戸時代信州・草津街道の要所にあったことから、寛永8年(1631年)に関所が設置されました。幕末に国定忠治がこの関所破りの罪に問われ、処刑されたことで有名になりました。 

忠治地蔵

大戸関所破りの罪でこの地で磔にされた国定忠治ですが、天明の大飢饉の際に米倉を開放するなど、大衆に愛され、処刑場所に地蔵が建てられました。 忠治地蔵の写真です。

忠治とまどいの松

忠治とまどいの松の写真です。 この松の根本で国定忠治が大戸関所破りをとまどったといわれています。今は3世の松が国道脇に植えられています。

箱島不動尊

小児のやけど、虫よけにご利益があるという。箱島湧水見物に来たら立ち寄ってみたい場所です。不動尊にある大杉は、目通り5.30メートル、高さ23メートル、樹齢は約400年。 箱島不動尊の写真です。

水牢跡

水牢跡の写真です。 眼病に効くといわれる池の薬師にある水牢跡。現在は澄んだ水を湛えた池ですが、村人たちの苦しい歴史が刻まれています。

四戸古墳群

三島四戸(しど)地区には古墳が20基以上もあり、6世紀末から7世紀前半にかけての築造といわれ、円墳、横穴式古墳です。 四戸古墳群

詳しくは、教育課(社会教育)まで お問い合わせ下さい。